昨夜、兄と姪が、我が家に泊まった。

ふたりは、お目当てのオープンキャンパスへ行き、夕食を摂った後、我が家に到着。到着後すぐに入浴し、ソファでアイスを食べていた。私がリビングを出て再び戻ると、彼女はリビングのソファで体を丸め、クッションを抱きながらスヤスヤ…。

彼女の前では、私の兄と、私の義理の父母が会話していた。

長旅で疲れたんだな。

姪は、家に来たのも、私の義両親に会うのも初めて。小さな子供なら、何も考えずにコロッと寝てしまうだろうけど、この子は高校生。来たばかりでこんなに寛げるとは。将来大物だわ。

知らないことは恐ろしいことでもあるけど、知らなくても良いことも、年齢を重ねる毎に頭に入ってくる。他人からの視線や批判。他人に迷惑をかけないのなら、本来、そんなものはどうでもいい。なのに、常識やら人の目、経験から学んでしまった恐怖などで、子供の頃にはいっぱいあった自信も、だんだんと心配や不安に押しつぶされる。たぶん、多くの人が経験済。

兄夫婦によって、のびのびと育てられたであろう姪。

ここで寝てはダメだと起こされ、準備していた布団に誘導された。そして、布団に横になるなり、寝息をたてた。

早っ!

自分のしたい事と、人の目を受け止める、あるいは無視することを上手く調整できたら、何も気にすることなく、自信を持って生きられるんだろうな。まだ起きもしないことを心配して行動を躊躇することだってないだろうに。

姪が、ちょっとうらやましい…。

この子が、そんな恐れを持つことが1日でも遅ければいいな。

子供なのか、大人なのかわからない姪の無防備な寝顔を見ながら、可愛いな…と笑ってしまった。

ロード

THE虎舞竜の『ロード』。

何年も前に流行った懐かしいこの曲が、昨日から時々、私の頭の中を流れる。

 

https://www.youtube.com/watch?v=kIdd_KVRI98

 

夫の両親は元気で、私達と同居している。そのため、ふたりだけの時間というのが、あまりとれない。それなのに、ここ数年は私がずっと実家に通っているため、私達夫婦はすれ違いばかり。夫に時間がある時は私が実家や仕事、私に時間がある時は夫が仕事や用事がある…といった具合。

昨日、たまたまお互いの目的と時間が重なり、夕方の30分だけ夫と一緒に買物に出かけた。夫の仕事用のトラックの助手席に乗り込むと、一緒に蚊が入り込んだ。

「窓開けて!」

ぐるぐるとハンドルを回して窓を開け、蚊を逃がした。こんな窓の開け方…フッと笑ってしまった。トラックはまだ昭和だな。トラックに乗るのも久々だけど、

「一緒に出かけるの、久しぶりだね」

そう言うと、夫は無言で笑顔を作った。

結婚して26年。最近、当時から使っていた家電が次々と壊れ、今度壊れるのは掃除機だな、と思っていた矢先。本当に掃除機が壊れてしまったのだ。いくら物持ちが良くても、さすがに26年も使ったら寿命だよね。

夫は簾を、私は掃除機を買い、またトラックに戻った。

雨降り。ガタガタと、決して乗り心地が良いとは言えないトラックに揺られ、狭い席に、膝には掃除機が入った段ボールを抱えて。必要な物だけ買って、寄り道もない短い時間だったけど。

私はこの短い時間が、とっても楽しかった。

 

♪何でもないような事が、幸せなんだと思う♪

 

自分仕様に歌詞を変えて。

 

この生活に不満があるなんて言ったら、バチがあたるな…と思った。

ぼんやりと

今日は残業になった。

職場を出て、駐車場まで歩く間に見た景色。

夕焼けってこんなに赤いんだっけ?

あのヒトとこのヒトの仲が悪いとか、

手伝ったら、余計なことするなと言われたとか。

…なんでこんな話が多いんだろ。

 

上手くいかないのは、どっちか片方が悪いんじゃない。きっと、どっちにも原因がある。

気づかない。周りが見えない。自分も見えない。余裕がない。

 

空を見上げてみると、ホッとしたりするね。

大事なものほど、見えにくいから。

ぼんやりと風景を見る時間も必要だと思うんだ。

 

今日は満月だって。

新葉

気づいたら、こうなってた。

7月23日朝。我が家のモンステラです。

まもなく葉っぱが開きます。

こうなるとね、早い早い。

 

翌24日。

開き始めた。

 

そして、今日。

ずっとずっと

少しずつ育ってきてたはずなのに、

見えにくく、気づかれず。

突然脚光を浴びたスポーツ選手みたい。

 

今日できていたことが、明日はできなくなるかもしれない。

そうなってしまうその日まで。

水面下の歩みを止めずにいきたいな…なんて思う。

 

モンステラが、新しいきれいな葉っぱを広げてくれたことが嬉しくて。

 

飲みながら、だけど…ね。

謙遜

謙遜が美徳とされてきた日本。

「優秀なお子さんですね」

と言うと、

「イヤイヤ、生意気でねぇ…」

なんて返ってきたりする。

それが当たり前のように考えていた中で、こんな人に会った。

写真を見せながら、

「これウチの子供達。可愛いでしょ?」

「お母さん、すごく可愛いんだよ」

「お父さん、もういないけどカッコよかったんだ」

言葉、表情の端々から『大好き』が溢れている。

謙遜しないのが不思議でもあったが、その素直さが清々しくて気持ち良かった。

自分の両親や子供が嫌いな人は、あまりいないのではないかと思う。

うるさいな…とか。面倒だな…とか。

そう思うことはあっても、実はとても尊敬していたり、ありがたいと思っていたり、親でも子供でも、可愛いと思うところがあったりしてね。

他人から褒められたら、やっぱり嬉しいんじゃないかな。

なのに、素直にお礼を言わずに、

生意気なんだよとか、外面ばかり良いんだとか、バカなんだよ〜…とか。

自分もそう。

謙遜は悪くないけど、

好きなものは好き、良いことは良いと認めて、何が悪い。

生意気と言われたのを聞いた子供は、謙遜とわかりながらも良い気はしないでしょう。

 

反省しました。

素直が一番だな。

 

昨夜、久しぶりに月を見ました。

百日草

今日、美容院へ行き、担当の美容師さんからお花をいただきました。

彼女が育ててるんだって。

店に飾ったあまりだけど、良かったら…って。

百日草。

ありがたくちょうだいしました。

可愛い花だね。

華やかで、見てると元気になる。

花言葉を調べてみたら、

「変わらない愛」

「絆」

「遠くの友を思う」

「不在の友を想う」

「注意深さ」

「幸せ」

など、時間が経っても変わらない心や人との強い結びつきを連想させます。

長い間咲き続ける性質から生まれた花言葉のようです。

「幸福」「絆」など前向きな意味が多く、贈り物にも向く 一方で「不在の友」が故人を連想させるとして、仏花・供花にも用いられるそうです。

花は生活に彩りを添えてくれますね。

百日草は、丈夫で育てやすい花だとか。

私も育ててみたいなあ。

 

今日からしばらくは、この百日草に元気をもらえそうです。

ワンちゃん

仕事帰り、向かいの公園に立ち寄った。道路からはよく見えない紫陽花が見たかった。草むらに足を踏み入れる。近寄ると、茶色くなりかけているのがわかった。ちょっと遅かったな…と残念に思いながら、傍まで行かずに引き返した。方向転換し、顔を上げて数メートル先を見ると、見覚えのある方が目に入った。車椅子の入居者さんと、それを押して歩くご家族。そうだ。私が退勤する少し前に、散歩に行くと言って施設を出て行ったっけ。なんとなくバツが悪くて、ふたりに軽く会釈し、公園を後にした。私と気づいたかな。

道路に出て角を曲がると、犬がいた。何という種類の犬かわからないが、女性に引かれて歩いていたその犬は、私を見るなり近づいてきた。何?

驚いていると、私の足元に到着。静かにこちらを見る。こうなったら…撫でちゃうよね。

白く長い毛を撫でながら、コンニチハと言ってみる。

「人懐っこいですね〜」

飼い主に声をかけると、女性は、

「いつもはこうじゃないのよ」

へぇ…。私、なんか美味しい物持ってたっけ?

バッグに5つほど飴が入っているが、包装されていて香はしない。犬もバッグを気にしていないようだし。

よくあるのは、こちらが「可愛いなあ」と見ていると、犬に気持ちが伝わるのか、こちらに寄ってくること。今回は可愛いと思う間もなく向こうから近づいてきた。どうしてかな。

飼い主が、

「ありがとう…ってね」

と犬に声をかける。帰りたいのかな。

「じゃあね。バイバイ!」

言いながら、頭を撫でる。すると、犬はすっと飼い主の方へ走って行った。

会釈をして、別れた。

 

ずっと不思議で。

あの犬、何で私のとこに来たんだろ。

ぼんやり歩いていたけど…紫陽花枯れてて、逃げることもないのに、入居者さんに会ってサッサと公園出てきちゃって…ちょっと淋しかったのかな。

あのワンちゃん、自分でも気づかない私の気持ちに気づいて、慰めてくれたのかなあ。

ゆったりした気持ちになれた。

優しい目が、忘れられない。